どう死ぬか?! 散り際の美学

僕が小さい頃は、近所の人達や親戚の人達との交流の中で 「人の死」 が常に身近に存在していました。

多くの人から惜しまれて亡くなっていく人、お金を貯め込んで1人孤独に亡くなっていく人、突然の病で人生に悔いを残し去っていく人、抗争に巻き込まれて死んでいった人・・・

 

人の死は多くの事を学ばせてくれます。

 

どんな人でも必ず死を迎えます。

 

これが唯一確実に予測できる未来!

 

この最も大切な事を無視して、幻想的な成功ばかりを追いかける人達が多すぎます。。。


 

地域での交流がなくなった事や、周りの人達が長生きする事で 「死」 から学ぶ機会が減ったからでしょうか?

 

だとしたら長生きしすぎる事も考え物です。。。

 

何歳まで生きるのが理想的なのでしょうか?

 

 

僕は、自分自身が社会の中で役に立たなくなったら、その時点で潔くこの世を去りたいと願っています。

 

「孫の顔が見たい」 とか 「そのまた子が見たい」 と どんどん欲は無限に広がっていきます。

 

長生きを否定する訳ではありませんが、今の世の中には次の世代の事を考えずに強欲に生きている人が多すぎるように感じます。

 

その姿も教育に繋がっているという事を忘れてはいけません。

 

 

会社経営者でも潔く身を引かずに、ずっと役員の座に居座り続けている強欲な年寄りや、70歳を過ぎても立候補するような醜い政治家、ただ単に長生きする事を美化する社会やマスコミ。。。。

 

どれも後に残された人達が尻を拭かなければなりません。

 

次の世代、また先の世代の事も考えた生き方、去り方を描いていく必要があると思います。

 

 

多少やり残した事がある状態で去り、残されたほうも「まだ生きてて欲しかった」と言える状態がベストではないでしょうか?

 

欲張りすぎずに 「足るを知る」 「腹八分」 です!!

 

 

自分史

Posted by TAKA